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今朝、出勤前にアート・ガーファンクルの「シザーズ・カット」を聴きました [音楽を聴いている]
今朝、出勤前に少し時間があったので、自室でアート・ガーファンクル(Art Garfunkel 1941~)が1981年に発表したLP「シザーズ・カット(Scissors Cut)」を聴きました。このアルバムは私の大好きなポップス・アルバムの一つで、少し翳りを帯びた、透明度の高い、彼の歌声を聴くことができます。
この作品は、恋人の自殺という、精神的にとても大きなダメージを受けた直後に作られたとのことですが、確かに、このLPの曲は、どれも、とても内省的な印象を受けます。ただ、このLPの素晴らしいところは、そうした精神的な大きな傷を真正面から受け入れ、乗り越えていこうとする、アート・ガーファンクルの静かな意思のようなものを感じることができることです。このことが、このLPを、他の作品とはまったく違った、特別なものにしています。収録されている曲の中では、やはり「 シザーズ・カット(愛の回転木馬) 」「ハート・イン・ニューヨーク」における情感に溢れた歌は素晴らしいです。私の持っているのは日本盤ですが、これには米盤と違って、「ブライト・アイズ」に代わって「ロマンス」という佳曲が収められています。アート・ガーファンクル自身は「ロマンス」を入れたかったようですが、レコード会社の意向で差し替えられたそうです。そういう意味で、この日本盤は貴重なものです。(「ロマンス」は短いながらも、とても良いバラード曲です)
出勤前の僅かな時間でしたが、静かで落ち着いた一時を過ごすことができました。私にとって、アート・ガーファンクルの「シザーズ・カット」は、(当時聴いていた大学時代の思い出と共に)本当に特別な一枚です。

写真はアート・ガーファンクル「シザーズ・カット~北風のラスト」。ジャケットの写真は、素晴らしい、彼自身のポートレート写真、ジャケットの裏面は恋人の写真(口から下だけの写真で、顔を見ることはできませんが、口元の様子だけでも、とても知的で美しい女性であったことが偲ばれます)となっています。また、私が持っているのはLPですが、CDの方は日本盤、米盤共に入手が難しくなっているようです。(LPはオークション等で簡単に手に入れることができます)。あと、どうでも良い話ですが、私は「ハート・イン・ニューヨーク」を聴くと、どうしても小田和正の「My home town」という曲を連想してしまいます。どうも私の頭の中で、この二つの曲はしっかり繋がってしまっているようです。(苦笑)
この作品は、恋人の自殺という、精神的にとても大きなダメージを受けた直後に作られたとのことですが、確かに、このLPの曲は、どれも、とても内省的な印象を受けます。ただ、このLPの素晴らしいところは、そうした精神的な大きな傷を真正面から受け入れ、乗り越えていこうとする、アート・ガーファンクルの静かな意思のようなものを感じることができることです。このことが、このLPを、他の作品とはまったく違った、特別なものにしています。収録されている曲の中では、やはり「 シザーズ・カット(愛の回転木馬) 」「ハート・イン・ニューヨーク」における情感に溢れた歌は素晴らしいです。私の持っているのは日本盤ですが、これには米盤と違って、「ブライト・アイズ」に代わって「ロマンス」という佳曲が収められています。アート・ガーファンクル自身は「ロマンス」を入れたかったようですが、レコード会社の意向で差し替えられたそうです。そういう意味で、この日本盤は貴重なものです。(「ロマンス」は短いながらも、とても良いバラード曲です)
出勤前の僅かな時間でしたが、静かで落ち着いた一時を過ごすことができました。私にとって、アート・ガーファンクルの「シザーズ・カット」は、(当時聴いていた大学時代の思い出と共に)本当に特別な一枚です。

写真はアート・ガーファンクル「シザーズ・カット~北風のラスト」。ジャケットの写真は、素晴らしい、彼自身のポートレート写真、ジャケットの裏面は恋人の写真(口から下だけの写真で、顔を見ることはできませんが、口元の様子だけでも、とても知的で美しい女性であったことが偲ばれます)となっています。また、私が持っているのはLPですが、CDの方は日本盤、米盤共に入手が難しくなっているようです。(LPはオークション等で簡単に手に入れることができます)。あと、どうでも良い話ですが、私は「ハート・イン・ニューヨーク」を聴くと、どうしても小田和正の「My home town」という曲を連想してしまいます。どうも私の頭の中で、この二つの曲はしっかり繋がってしまっているようです。(苦笑)
私の好きなヴァイオリニスト(1)-ティボール・ヴァルガ(Tibor Varga) [音楽を聴いている]
私は、母がピアノを教えていたり、姉がピアノを本格的に学んでいたこともあり、中学生の頃から、クラシック音楽でも、特にピアノ音楽(シューベルト、ショパン、シューマンのピアノ独奏曲・協奏曲)を中心に聴いていたものの、それ以外の楽器(例えばチェロ、ヴァイオリンといった弦楽器やフルートなどの管楽器)やオーケストラについては、それなりには聴いてはいたものの、あまり本格的というか、集中的には聴いていませんでした。そんな私にヴァイオリンの魅力を教えてくれたのがティボール・ヴァルガ(Tibor Varga 1921~2003年)でした。私がティボール・ヴァルガのことを知ったのは、全くの偶然です。1990年代の前半、ちょうどドイツ、デュッセルドルフに赴任していたとき、町のCDショップで、Clavesレーベルのティボール・ヴァルガのアンソロジー(CD四枚組)を見つけ、その、なんとも雰囲気のあるジャケットにひかれ、購入したのがきっかけでした。そのCDにはバッハ、モーツァルトやブルッフ、そしてチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲やアンコールピース等が収録されていましたが、特に私が気に入ったのがチャイコフスキーの演奏でした。一言で言えば「気品」があると言うのでしょうか?ロマンティックでありながら、決して低俗に流されることのない、素晴らしい演奏で、私は一気に、このヴァイオリニストに魅せられました。チャイコフスキー以外ではブルッフも、とても良い演奏で、彼の、節度を保ちながらも、そこはかとなくロマンティック演奏は、こうしたロマン派の曲にぴったり合うようです。ティボール・ヴァルガは演奏者としてだけではなく、教育者としても知られていまして、日本人にも彼に教わった方がいるようです。どんなレッスンだったのでしょう?とても興味があります。
ティボール・ヴァルガのClaves盤は一時期は入手困難だったようですが、今は、アマゾンの音楽配信で簡単かつ安価に聴くことができるようです。是非、彼の弾く、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を一度聴いてみてください。そこにはヴァイオリンの持つ、全ての魅力が詰め込まれています。

写真は「The Tibor Varga Collection, Vol. III」(CD)、この「The Tibor Varga Collection」以外にも、彼のCDは何枚か(例えばベートーベンのヴァイオリン協奏曲など、CD-Rが多かったかと思います)は入手することができます。彼の演奏したバッハの無伴奏のLPは、とんでもない高値になっていると聞いた事がありますが、彼が1953年に録音したパルティータの2番については、パブリックドメインとして、演奏自体はネットで公開されていて、簡単に聴くことができます。
ティボール・ヴァルガのClaves盤は一時期は入手困難だったようですが、今は、アマゾンの音楽配信で簡単かつ安価に聴くことができるようです。是非、彼の弾く、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を一度聴いてみてください。そこにはヴァイオリンの持つ、全ての魅力が詰め込まれています。

写真は「The Tibor Varga Collection, Vol. III」(CD)、この「The Tibor Varga Collection」以外にも、彼のCDは何枚か(例えばベートーベンのヴァイオリン協奏曲など、CD-Rが多かったかと思います)は入手することができます。彼の演奏したバッハの無伴奏のLPは、とんでもない高値になっていると聞いた事がありますが、彼が1953年に録音したパルティータの2番については、パブリックドメインとして、演奏自体はネットで公開されていて、簡単に聴くことができます。
ジョナサン・サフラン・フォアの「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」を読み終えました [本を読んでいる]
昨夜、自宅に帰る電車の中でジョナサン・サフラン・フォアの「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」を読み終えました。この本は、いつも読書の参考にと読ませてもらっているブログで絶賛されているのを知り、図書館に貸出予約をしていたものです。私にとっては、前に読んだシュリンクの「週末」に続く、9.11をテーマに扱った小説となります。
「歴史的な悲劇から、 希望に溢れる神話が生まれた─ 全米ベストセラー、人気若手作家による9・ 11文学の金字塔、ついに邦訳。9歳の少年オスカーは、ある鍵にぴったり合う錠前を見つけるために、ママには内緒でニューヨークじゅうを探しまわっている。その謎の鍵は、あの日に死んだパパのものだった……。全米が笑い、感動して、心の奥深くから癒された、時代の悲劇と再生の物語。ヴィジュアル・ライティングの手法で編まれる新しい読書体験も話題に。」
(以上、アマゾンの「出版社/著者からの内容紹介」の引用)
とのことで、9.11で父を亡くした主人公オスカーの独白を軸に、それより、2世代前にあたる祖父、祖母それぞれの独白が挿入され、ドレスデン爆撃、広島での原爆投下、そして9.11といった大虐殺(ジェノサイド)を巡るそれぞれの登場人物のストーリーが重層的に複雑に絡み合っていきます。そのあまりにもスリリングなストーリーに、私は夢中になって、この本を読み進めました。特に祖父母の話は、とても胸を打つもので、訳者の方も解説で、ジョナサン・サフラン・フォアは悲恋を書かせると本当にうまいと書いていましたが、その見事な文学性に感動しました。
こうして、複雑に絡み合った、それぞれのストーリーが、ラスト近くになって、見事に一つの大きな流れに向かって収斂され、纏められていきます。作者のその筆力というか、ストーリーテラーとしての才能は、本当に素晴らしいと感じるものの、読み進めるうちに、逆に私の興奮は急速に冷めていきました。話(ストーリー)としては本当に見事なのですが、余りにもうまく纏められすぎているような、結果的に、途中までの、匂い立つような文学性が跡形もなく消え去ってしまったような、そんな印象を感じざるを得ませんでした。(ちょっと私はひねくれすぎているのかもしれません) とはいいながら、とてもスリリングな読書体験を得ることができたと思います。
また、この本には多くのヴィジュアル・ライティングの手法が取り入れられています。賛否両論はあるのかもしれませんが、今回のこうした試みについて私は、この小説の価値を高めこそすれ、決して落とすものではないと感じました。結局、作者がこうした試みを取らなければならなかった必然性を、読者がどう感じるかですよね。その点では、私はとても自然に受け入れることができました。
この小説は映画化され、来月2月には日本でも上映されるようです。先に本を読んでしまうと、どうしても自分なりのイメージが出来上がってしまって、映画を観て、なんとなく違和感を覚えてしまうことが多いので、実際に映画を観るかどうかはちょっと分からないです。(とは言いながら、HPの予告編を見ると、ちょっと観てみたいとも思うのですが…)

写真はジョナサン・サフラン・フォア「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(NHK出版)
「歴史的な悲劇から、 希望に溢れる神話が生まれた─ 全米ベストセラー、人気若手作家による9・ 11文学の金字塔、ついに邦訳。9歳の少年オスカーは、ある鍵にぴったり合う錠前を見つけるために、ママには内緒でニューヨークじゅうを探しまわっている。その謎の鍵は、あの日に死んだパパのものだった……。全米が笑い、感動して、心の奥深くから癒された、時代の悲劇と再生の物語。ヴィジュアル・ライティングの手法で編まれる新しい読書体験も話題に。」
(以上、アマゾンの「出版社/著者からの内容紹介」の引用)
とのことで、9.11で父を亡くした主人公オスカーの独白を軸に、それより、2世代前にあたる祖父、祖母それぞれの独白が挿入され、ドレスデン爆撃、広島での原爆投下、そして9.11といった大虐殺(ジェノサイド)を巡るそれぞれの登場人物のストーリーが重層的に複雑に絡み合っていきます。そのあまりにもスリリングなストーリーに、私は夢中になって、この本を読み進めました。特に祖父母の話は、とても胸を打つもので、訳者の方も解説で、ジョナサン・サフラン・フォアは悲恋を書かせると本当にうまいと書いていましたが、その見事な文学性に感動しました。
こうして、複雑に絡み合った、それぞれのストーリーが、ラスト近くになって、見事に一つの大きな流れに向かって収斂され、纏められていきます。作者のその筆力というか、ストーリーテラーとしての才能は、本当に素晴らしいと感じるものの、読み進めるうちに、逆に私の興奮は急速に冷めていきました。話(ストーリー)としては本当に見事なのですが、余りにもうまく纏められすぎているような、結果的に、途中までの、匂い立つような文学性が跡形もなく消え去ってしまったような、そんな印象を感じざるを得ませんでした。(ちょっと私はひねくれすぎているのかもしれません) とはいいながら、とてもスリリングな読書体験を得ることができたと思います。
また、この本には多くのヴィジュアル・ライティングの手法が取り入れられています。賛否両論はあるのかもしれませんが、今回のこうした試みについて私は、この小説の価値を高めこそすれ、決して落とすものではないと感じました。結局、作者がこうした試みを取らなければならなかった必然性を、読者がどう感じるかですよね。その点では、私はとても自然に受け入れることができました。
この小説は映画化され、来月2月には日本でも上映されるようです。先に本を読んでしまうと、どうしても自分なりのイメージが出来上がってしまって、映画を観て、なんとなく違和感を覚えてしまうことが多いので、実際に映画を観るかどうかはちょっと分からないです。(とは言いながら、HPの予告編を見ると、ちょっと観てみたいとも思うのですが…)

写真はジョナサン・サフラン・フォア「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(NHK出版)
長女の厄除けに川崎大師に行って来ました [旅をしている]
今年は長女が厄年ということで、先週末の日曜日(15日)に川崎大師まで厄除けに行ってきました。次女は家で留守番とのことで、私、家内、長女の三人で午後、車で家を出発しました。午後3時頃、川崎大師に着いてみると、多くの参拝客がいたのには少しびっくりしました。早速、お参りをした後、長女の厄除けを依頼しました。ここでの厄除けの儀式は「お護摩」とよばれるもので、
「お護摩は、御本尊のご宝前に設けられた護摩壇の周囲に香華をはじめ五穀、お供物をそなえ、斎戒沐浴して心身を浄めた導師が、中央の炉の中に護摩木を焚いて、御本尊厄除弘法大師さまのご供養をすることにはじまる、きわめて厳粛な秘法です。合掌して、お大師さまのご宝号「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」をお唱えください」
(以上、川崎大師のHPからの引用)
といったものです。その後、お札お守り授与所でお護摩(お札)を受け取り、厄除けの法要はおしまいとなります。
その後、三人でまた、おみくじをひいて見ることにしました。というのも、以前、一度書きましたように、元旦の浅草寺で家内、長女、次女、義母までもが凶(私は末吉)をひくということがあったものですから、厄除けを終え、もう一度ひいてみようというわけです。結果は、なんと、私と長女が凶、家内が半吉でした。う~ん、あんまし効いていないのかも?(苦笑)
私自身、凶をひいたのは、生まれて初めてです。毎日、気を引き締めて生きよということだと、三人で言い聞かせながら帰路につきました。(でも、なぜ今年に限って、こんなに凶ばかりひいてしまうのでしょう?ちょっと謎ですね。本当に気を引き締めないといけません)

写真は川崎大師(正式には真言宗智山派大本山金剛山金乗院平間寺)
「お護摩は、御本尊のご宝前に設けられた護摩壇の周囲に香華をはじめ五穀、お供物をそなえ、斎戒沐浴して心身を浄めた導師が、中央の炉の中に護摩木を焚いて、御本尊厄除弘法大師さまのご供養をすることにはじまる、きわめて厳粛な秘法です。合掌して、お大師さまのご宝号「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」をお唱えください」
(以上、川崎大師のHPからの引用)
といったものです。その後、お札お守り授与所でお護摩(お札)を受け取り、厄除けの法要はおしまいとなります。
その後、三人でまた、おみくじをひいて見ることにしました。というのも、以前、一度書きましたように、元旦の浅草寺で家内、長女、次女、義母までもが凶(私は末吉)をひくということがあったものですから、厄除けを終え、もう一度ひいてみようというわけです。結果は、なんと、私と長女が凶、家内が半吉でした。う~ん、あんまし効いていないのかも?(苦笑)
私自身、凶をひいたのは、生まれて初めてです。毎日、気を引き締めて生きよということだと、三人で言い聞かせながら帰路につきました。(でも、なぜ今年に限って、こんなに凶ばかりひいてしまうのでしょう?ちょっと謎ですね。本当に気を引き締めないといけません)

写真は川崎大師(正式には真言宗智山派大本山金剛山金乗院平間寺)
先週末は何かとバタバタしていて、結局、近くのロイヤルホストで食事をしました [食事をしている]
先週末の土曜日は、家内は(友達と一緒にバーゲンに出撃とのことで)朝から外出、長女も朝から学校(部活)、次女は午後夕方からヴァイオリンのレッスンと英語塾といった具合に、私以外の家族はそれぞれの用事に追われていました。
私はというと、彼女たちを車で近くの駅まで届けたり、迎えに行ったり、娘たちの朝食や昼食を用意したり、家の中を片付けたりといった雑用を済ませながらも、比較的のんびりとした一日を過ごしました。そして、家内も結局、夕方遅く(戦いに)疲れはてて帰宅、次女は夜の9時過ぎに帰るとのことで、夕食は久しぶりに外食で済ませようということになり、次女を近くの駅で拾った後、そのまま近くのファミリーレストランのロイヤルホストで食事をすることにしました。
その日、行ったのはロイヤルホスト大倉山店だったのですが、ここは私にとって、とても懐かしいところです。私は1986年(もう、25年以上前、大昔ですね)に大学を卒業後、就職してから暫くの間、大学時代の同じサークルの一つ上の先輩と、2年程、神奈川県横浜市港北区の大倉山にある高級マンションでルームシェアしながら暮らしていたことがあります。このマンション(100㎡超)は、先輩の親戚のご夫婦の方が住んでいらっしゃったのですが、アメリカに赴任するとのことで、その留守を預かる形で、(帰任の際には)何時でも出ることを条件に格安の家賃で住まわせて貰っていました。この大倉山での男二人での生活は、それなりに快適かつ楽しいもので、当時、週末の昼など、二人でちょくちょく行っていたのが、このロイヤルホスト大倉山店だったのです。
25年以上のブランクを経て、久しぶりに店内に入ったのですが、相変わらずの落ち着いた雰囲気で、以前とそれほど変わっていないような印象を受けました。そして係の人から配られたメニューを見ていたところ、ちょうどロイヤルホストは40周年ということで、特別メニューを用意していました。その特別メニューの片隅に、私は少し古いながらも、なんとも懐かしいロイヤルホストのお店の写真を見つけたのでした。よく見てみると、それは、1971年12月28日に福岡県北九州市にオープンした第1号店の写真で、ロイヤルホスト青山店との紹介文が添えられています。以前にも書いたのですが、私は小学校四年生から高校を卒業する(ちょうど、1970年代にあたります)まで、北九州市八幡西区の黒崎、ちょうど、この青山店(当時は黒崎店という名前だったようです)から徒歩で10分~15分位のところに住んでいました。当然のことながら、この店には、当時(それこそ、もう40年近く前ですね)、何回か家族で行ったことがありますし、なんと、生まれて初めて女の子と二人で映画を観た帰りに、彼女の家の近くということで、ここで二人でお茶を飲んだ思い出もあります。余りに懐かしく、慌てて、(私以外の女三人で)他の話題で盛り上がっている家族に、ことの経緯を話したのですが、ちょっと話すタイミングが悪かったようで、反応はイマイチでしたね。(苦笑)
これも何かの縁ということになるのでしょう。ファミリーレストランの中でもロイヤルホストは、その落ち着いた雰囲気と、どの料理も、ある一定の水準以上の味が楽しめること、そして夏のカレーフェアでのカレーライスが美味しいこともあり、前から好きだったのですが、40年程前から、私のDNAにしっかりとロイヤルホストの味が組み込まれていたのかもしれません(おいおいっ)
それにしても、本当にびっくりするやら、懐かしいやら、私にとっては、とても大切で、思い出深いひとときとなりました。(その日頂いた、和風ハンバーグも熱々で美味しかったです)

写真は当時のロイヤルホスト黒崎店。はるか後ろに見えるのは帆柱山、皿倉山でしょうか? なんとも懐かしいです。

こちらは、今のロイヤルホスト青山店(旧黒崎店)。こうして見ていると40年経っているのにあまり変わっていないのが凄いですね。


こちらは今のロイヤルホスト青山店の店内の様子。オープンキッチンであるところとか、照明設備などは40年前から変わっていません。こうなってくると、このお店に「歴史」と「伝統」という重みすら加わっているような気がします。
(写真はいずれもロイヤルホストの公式ブログから借用しています)
私はというと、彼女たちを車で近くの駅まで届けたり、迎えに行ったり、娘たちの朝食や昼食を用意したり、家の中を片付けたりといった雑用を済ませながらも、比較的のんびりとした一日を過ごしました。そして、家内も結局、夕方遅く(戦いに)疲れはてて帰宅、次女は夜の9時過ぎに帰るとのことで、夕食は久しぶりに外食で済ませようということになり、次女を近くの駅で拾った後、そのまま近くのファミリーレストランのロイヤルホストで食事をすることにしました。
その日、行ったのはロイヤルホスト大倉山店だったのですが、ここは私にとって、とても懐かしいところです。私は1986年(もう、25年以上前、大昔ですね)に大学を卒業後、就職してから暫くの間、大学時代の同じサークルの一つ上の先輩と、2年程、神奈川県横浜市港北区の大倉山にある高級マンションでルームシェアしながら暮らしていたことがあります。このマンション(100㎡超)は、先輩の親戚のご夫婦の方が住んでいらっしゃったのですが、アメリカに赴任するとのことで、その留守を預かる形で、(帰任の際には)何時でも出ることを条件に格安の家賃で住まわせて貰っていました。この大倉山での男二人での生活は、それなりに快適かつ楽しいもので、当時、週末の昼など、二人でちょくちょく行っていたのが、このロイヤルホスト大倉山店だったのです。
25年以上のブランクを経て、久しぶりに店内に入ったのですが、相変わらずの落ち着いた雰囲気で、以前とそれほど変わっていないような印象を受けました。そして係の人から配られたメニューを見ていたところ、ちょうどロイヤルホストは40周年ということで、特別メニューを用意していました。その特別メニューの片隅に、私は少し古いながらも、なんとも懐かしいロイヤルホストのお店の写真を見つけたのでした。よく見てみると、それは、1971年12月28日に福岡県北九州市にオープンした第1号店の写真で、ロイヤルホスト青山店との紹介文が添えられています。以前にも書いたのですが、私は小学校四年生から高校を卒業する(ちょうど、1970年代にあたります)まで、北九州市八幡西区の黒崎、ちょうど、この青山店(当時は黒崎店という名前だったようです)から徒歩で10分~15分位のところに住んでいました。当然のことながら、この店には、当時(それこそ、もう40年近く前ですね)、何回か家族で行ったことがありますし、なんと、生まれて初めて女の子と二人で映画を観た帰りに、彼女の家の近くということで、ここで二人でお茶を飲んだ思い出もあります。余りに懐かしく、慌てて、(私以外の女三人で)他の話題で盛り上がっている家族に、ことの経緯を話したのですが、ちょっと話すタイミングが悪かったようで、反応はイマイチでしたね。(苦笑)
これも何かの縁ということになるのでしょう。ファミリーレストランの中でもロイヤルホストは、その落ち着いた雰囲気と、どの料理も、ある一定の水準以上の味が楽しめること、そして夏のカレーフェアでのカレーライスが美味しいこともあり、前から好きだったのですが、40年程前から、私のDNAにしっかりとロイヤルホストの味が組み込まれていたのかもしれません(おいおいっ)
それにしても、本当にびっくりするやら、懐かしいやら、私にとっては、とても大切で、思い出深いひとときとなりました。(その日頂いた、和風ハンバーグも熱々で美味しかったです)

写真は当時のロイヤルホスト黒崎店。はるか後ろに見えるのは帆柱山、皿倉山でしょうか? なんとも懐かしいです。
こちらは、今のロイヤルホスト青山店(旧黒崎店)。こうして見ていると40年経っているのにあまり変わっていないのが凄いですね。
こちらは今のロイヤルホスト青山店の店内の様子。オープンキッチンであるところとか、照明設備などは40年前から変わっていません。こうなってくると、このお店に「歴史」と「伝統」という重みすら加わっているような気がします。
(写真はいずれもロイヤルホストの公式ブログから借用しています)
英Aura社の古いプリメインアンプを使うことにしました [●●を使っている]
またまた、自室のオーディオ話です。
以前、書きましたように、昨年末に30年程前のKEFのスピーカー(MODEL303 SERIESⅡ Type SP1147)をネットオークションで落札、自宅の屋根裏部屋に置き、当座の処置としてKenwoodの古いレシーバーを使って鳴らしていたのですが、今後、本格的に運用するにあたり、アンプをどうするかが最大の懸案事項となっていました。(CDプレーヤーについては、以前、マンション住まいの頃から使っていた、フィリップス社のメカニズムを搭載したマランツのCD-17Dが、まだ使えるので今のところ問題はありません) 限りなく少ない予算(苦笑)の中で、色々検討した結果、最終的には英Aura社のVA40という、これも20年程前の、古いインテグレーテッド・アンプ(中古、美品)を、運良く、まさに格安で入手しました。このVA40というアンプは、
「1989年イギリスで産声を上げたAura。その処女作は筐体55mmの厚みしかない薄型軽量のインテグレーテッド・アンプVA40。鏡面仕上げのクローム・フィニッシュ・フロントパネルに、ボリュウムとセレクタ、パワースイッチのみを配置した潔さは、当時の製品の中でも異色といえる存在で、そのシンプルな姿態に惚れ込んだ人も、「多くは期待しない。ほどほどに音楽が聴ければいいよ」と、優しい目でこの異端児に灯を入れたのです。」
(以上、オーラデザインジャパン株式会社のHPからの引用)
というもので、日立製のMOS-FETとトロイダルトランスを搭載し、簡潔かつ美しい内部のレイアウトと共に、発売当初、かなり話題になった機種です。もともとAura社はB&W社の子会社で、そのことからも英Aura社製のアンプはB&Wのスピーカーを鳴らす前提で作られていると思われます。実際、KEF 303に繋げて音を確認してみると、40W×2の出力とは思えないドライブ能力を発揮し、私を驚かせました。そして、出てくる音は、まさしく新鮮で生命感に溢れた、ピュアーという言葉がぴったりな、素晴らしいものです。とてもスピーカーもアンプも(骨董品と言ってもよいほど)古いものとは思えません。屋根裏部屋のオーディオ環境としては、余りに、もったいないような気もしますが、私が一番長く音楽を聴くのが、この部屋ですので、これはこれで良いのだと自分に言い聞かせています。このスピーカーとアンプについては、修理不能にでもならない限り、末永く使い続けようと思っています。(将来、故障が予想されるボリュームについては既に部品を入手しました)
今朝も、朝の出勤前にヘンヒェン& C.P.E.バッハ室内管の演奏する、コレッリの合奏協奏曲作品7の、すっきりとしていながら、甘美な弦の響きを思いっきり堪能した次第です。
こうやって、ネットオークションやリサイクルショップを上手く利用して、昔の銘機(それも、出来れば整備済のもの)の中古品を格安で入手して、大事に使っていくというのは、私のような、お金をかけることができないオーディオ好きにとって(不良品を掴んでしまうリスクはあるものの)一つの解決策だと思います。やっぱり良い音で音楽は楽しみたいですよね。


写真はAura社「VA40」
以前、書きましたように、昨年末に30年程前のKEFのスピーカー(MODEL303 SERIESⅡ Type SP1147)をネットオークションで落札、自宅の屋根裏部屋に置き、当座の処置としてKenwoodの古いレシーバーを使って鳴らしていたのですが、今後、本格的に運用するにあたり、アンプをどうするかが最大の懸案事項となっていました。(CDプレーヤーについては、以前、マンション住まいの頃から使っていた、フィリップス社のメカニズムを搭載したマランツのCD-17Dが、まだ使えるので今のところ問題はありません) 限りなく少ない予算(苦笑)の中で、色々検討した結果、最終的には英Aura社のVA40という、これも20年程前の、古いインテグレーテッド・アンプ(中古、美品)を、運良く、まさに格安で入手しました。このVA40というアンプは、
「1989年イギリスで産声を上げたAura。その処女作は筐体55mmの厚みしかない薄型軽量のインテグレーテッド・アンプVA40。鏡面仕上げのクローム・フィニッシュ・フロントパネルに、ボリュウムとセレクタ、パワースイッチのみを配置した潔さは、当時の製品の中でも異色といえる存在で、そのシンプルな姿態に惚れ込んだ人も、「多くは期待しない。ほどほどに音楽が聴ければいいよ」と、優しい目でこの異端児に灯を入れたのです。」
(以上、オーラデザインジャパン株式会社のHPからの引用)
というもので、日立製のMOS-FETとトロイダルトランスを搭載し、簡潔かつ美しい内部のレイアウトと共に、発売当初、かなり話題になった機種です。もともとAura社はB&W社の子会社で、そのことからも英Aura社製のアンプはB&Wのスピーカーを鳴らす前提で作られていると思われます。実際、KEF 303に繋げて音を確認してみると、40W×2の出力とは思えないドライブ能力を発揮し、私を驚かせました。そして、出てくる音は、まさしく新鮮で生命感に溢れた、ピュアーという言葉がぴったりな、素晴らしいものです。とてもスピーカーもアンプも(骨董品と言ってもよいほど)古いものとは思えません。屋根裏部屋のオーディオ環境としては、余りに、もったいないような気もしますが、私が一番長く音楽を聴くのが、この部屋ですので、これはこれで良いのだと自分に言い聞かせています。このスピーカーとアンプについては、修理不能にでもならない限り、末永く使い続けようと思っています。(将来、故障が予想されるボリュームについては既に部品を入手しました)
今朝も、朝の出勤前にヘンヒェン& C.P.E.バッハ室内管の演奏する、コレッリの合奏協奏曲作品7の、すっきりとしていながら、甘美な弦の響きを思いっきり堪能した次第です。
こうやって、ネットオークションやリサイクルショップを上手く利用して、昔の銘機(それも、出来れば整備済のもの)の中古品を格安で入手して、大事に使っていくというのは、私のような、お金をかけることができないオーディオ好きにとって(不良品を掴んでしまうリスクはあるものの)一つの解決策だと思います。やっぱり良い音で音楽は楽しみたいですよね。


写真はAura社「VA40」
母が上京してきました [人と会っている]
(私、そして姉といった)子供たちの生活の拠点が既に関東へと移っている中で、77歳になる母は、昨年3月に父が他界してからも、大分県の、築100年以上の、古く、そして大きな家を独りで守ってきたのですが、今回、お正月を子供達と過ごそうと、久しぶりに上京してきました。去年の大晦日に飛行機で東京まで来て、江東区にある姉のマンションで3泊、3日に姉と甥(姉の息子)と共に私の横浜の家を訪れ、私たち家族と共に一緒に家でお昼ご飯を食べ、ゆっくりして貰った後、町田の叔母の家に4泊、7日には横浜で、今度は私達家族、義父母と一緒に、横浜の馬車道十番館でランチをした後、姉の家へ戻り、3泊した今日10日、九州の実家に帰っていきました。
今回、久しぶりに東京を訪れることで、子供や孫達、そして妹にもゆっくり会うことができて、母はとても嬉しかったようです。私も、一昨年に新築した自宅も見てもらった上、義父母とゆっくり話してもらうことができ、ホッとしました。
母はまだまだ元気ですので、これから折を見て、また上京してくれればと願っています。

写真は母が私達家族、義父母と一緒に食事をした「馬車道十番館」。4F個室でのランチでした。
今回、久しぶりに東京を訪れることで、子供や孫達、そして妹にもゆっくり会うことができて、母はとても嬉しかったようです。私も、一昨年に新築した自宅も見てもらった上、義父母とゆっくり話してもらうことができ、ホッとしました。
母はまだまだ元気ですので、これから折を見て、また上京してくれればと願っています。

写真は母が私達家族、義父母と一緒に食事をした「馬車道十番館」。4F個室でのランチでした。
元旦は、家内の両親と一緒に過ごしました [食事をしている]
元旦は、家内の両親も手作りのお節料理を持ってきてくれて、久しぶりに賑やかな一日となりました。義父は色々なおせち料理を用意し、持ってきてくれて、その中には私の大好物の数の子やいくら、お煮しめも勿論入っています。家内は大晦日に仕込んだローストビーフ(これは上手くできました)や酢かぶのスモークサーモン巻などを出し、食卓は和洋とりどりのお料理が並びました。そして、お屠蘇代わりの、とっておきのお酒である田酒純米大吟醸と共に楽しい食事が始まりました。全てのお料理がとても美味しくて、思わずお酒も進みます。
午後は、家族みんなで、久しぶりに浅草の浅草寺まで初詣に出かけました。大混雑が予想されたのですが、午後3時位とあって、少し参拝客も減ったのか、それほど待つことなく(といっても、1時間近くかかりましたが)家族みんなの健康と幸福を祈ることができました。帰り際、娘二人はおみくじをひきたいということで、義母も加わって列に並びます。結果はなんと娘二人とも凶、義母も凶という、思わず笑ってしまうような結果となってしまいました。どうも浅草寺のおみくじは凶がかなり混じっているらしく(浅草寺のHPのQ&Aには「浅草寺のおみくじは凶が多い」とよく言われますが、古来の“おみくじ”そのままです」と記載されています)、ところどころで「えっ!凶?」と思わず大声になっている方も見かけます。みんながおみくじを枝にくくりつけ、帰ろうとしたのですが、今度は家内が「私も(おみくじを)ひいてみる」と言い出し、結局、家内と私が並んでおみくじをひいてみる事になりました。
結果は家内までもが凶(!)、私が半吉ということで、どうやら今年もかなり前途多難な一年となりそうです。(苦笑) まあ、気を引き締めて過ごすことで、かえって良い一年になるかもしれません。堅実に、そして誠実に一日一日を大切にしていこうと決意を新たにした次第です。
近くの甘味処で一息ついた後、自宅に戻り、今度は、海老、マグロ、ホタテに、実家の母が年末に義父母に送った天然物の平目を刺身にしたもの、そして朝のおせち料理の数の子も加え、魚づくしの晩餐が始まりました。こうしておいしい料理を食べながらみんなで楽しく過ごした後、夜遅くに義父母も帰宅し、今年最初の一日は終わりました。(実はその日の深夜、私が娘と喧嘩し、それが夫婦喧嘩に発展して大騒動になったことも、ここに正直に告白しておきます)

写真は2012年元旦の朝の、我が家の食卓
午後は、家族みんなで、久しぶりに浅草の浅草寺まで初詣に出かけました。大混雑が予想されたのですが、午後3時位とあって、少し参拝客も減ったのか、それほど待つことなく(といっても、1時間近くかかりましたが)家族みんなの健康と幸福を祈ることができました。帰り際、娘二人はおみくじをひきたいということで、義母も加わって列に並びます。結果はなんと娘二人とも凶、義母も凶という、思わず笑ってしまうような結果となってしまいました。どうも浅草寺のおみくじは凶がかなり混じっているらしく(浅草寺のHPのQ&Aには「浅草寺のおみくじは凶が多い」とよく言われますが、古来の“おみくじ”そのままです」と記載されています)、ところどころで「えっ!凶?」と思わず大声になっている方も見かけます。みんながおみくじを枝にくくりつけ、帰ろうとしたのですが、今度は家内が「私も(おみくじを)ひいてみる」と言い出し、結局、家内と私が並んでおみくじをひいてみる事になりました。
結果は家内までもが凶(!)、私が半吉ということで、どうやら今年もかなり前途多難な一年となりそうです。(苦笑) まあ、気を引き締めて過ごすことで、かえって良い一年になるかもしれません。堅実に、そして誠実に一日一日を大切にしていこうと決意を新たにした次第です。
近くの甘味処で一息ついた後、自宅に戻り、今度は、海老、マグロ、ホタテに、実家の母が年末に義父母に送った天然物の平目を刺身にしたもの、そして朝のおせち料理の数の子も加え、魚づくしの晩餐が始まりました。こうしておいしい料理を食べながらみんなで楽しく過ごした後、夜遅くに義父母も帰宅し、今年最初の一日は終わりました。(実はその日の深夜、私が娘と喧嘩し、それが夫婦喧嘩に発展して大騒動になったことも、ここに正直に告白しておきます)
写真は2012年元旦の朝の、我が家の食卓
中古のレコードプレーヤーを手に入れました [購入しました]
前回に引き続いてオーディオの話題です。
前回、KEFの古いスピーカーを入手したことを書きましたが、年末にそのスピーカーを引き取りに板橋区のリサイクルショップまで車で行って、自宅へ戻る途中の国道1号線沿いに、大きなBOOK OFFの看板と並んでHARD OFFの看板が立っているのを見つけました。私は、生まれつき貧乏性なのか、昔からリサイクルショップが大好き(子供の頃はよく質屋のウィンドーを飽きずに眺めていました。今、考えるとかなり恥ずかしいです)で、こういうお店を見つけると、つい矢も楯もたまらず寄ってしまいます。この日、私が立ち寄ったのは国道1号多摩川大橋店で、100台以上の駐車場設備を備える大型店舗でした。IFがBOOK OFFで、2FがHARD OFFとなっていまして、2Fには衣料やバック、スポーツ用品や家電など、ありとあらゆる中古品が整然と並べられています。
オーディオコーナーをじっくり観ていると、ふと、一番下の棚に低価格のフルオートレコードプレーヤーが売られているのを見つけました。オーディオテクニカのAT-PL300という製品で、フォノイコライザーも内蔵しており、ミニコンポを始めとしたステレオ再生装置に接続すれば、簡単にレコードを聴くことができるというものです。私は既にVestaxのHandy Traxという、乾電池起動も可能な、似たような機種(こちらはSP再生も可能。専用の針まで用意されています)を持っているのですが、上手く使いこなせておらず、その再生音には、かなり不満を持っていました。こうしたこともあり、以前、(ネットオークションを中心に)一度レコードプレーヤーを買おうとして、色々調べたことがあります。その時には、このAT-PL300も候補にあがったことがありますが、やはりグレード的にはかなり低い機種となりますので、(価格コムやアマゾンでは非常に高い評価にはなっているものの)実際、きちんと聴けるレベルかどうか不安で、実際に購入するまでには至っていませんでした。
レコードについては、その殆ど(約500~650枚位、きちんと数えたことはありません)は大分の実家に預けているのですが、そのうち何枚かはこちらに持ってきたり、また近くにある中古レコード屋で購入したレコードも何枚かはあるので、ある程度の再生環境は整えたいと思っていた上、今回見つけた中古品がかなり状態の良いもので、5千円を切る価格(定価は12,600円)だったこともあり、思い切って買ってみることにしました。(Handy Traxは今後、SP再生専用機として使う予定)
自宅に持ち帰り、セッティングし、さっそく、クレーメルとホリガーのバッハ/ヴィヴァルディの協奏曲集のLPをかけてみたのですが、その見事な再生音には本当にびっくりしました。昔、独身時代、オーディオにそれなりに凝っていたときにはマイクロの高級レコードプレーヤーにオーディオテクニカのMCカートリッジを付けてレコードを聴いていたのですが、それと比べても、それほど劣らないほどの「音」です。(ちょっと褒めすぎ?) アマゾンや価格コムでの、非常に高い評判もさもありなんと思った次第です。このような低価格のプレーヤーでありながら、中級機なみの良い音がでる秘密は、多分、内蔵されているフォノイコライザーが、このプレーヤのカートリッジ専用ということで、上手くチューニュングされているせいではないかと思っています。値段は少し高くなりますが、USB接続が可能なモデルもあるようです。自宅にレコードが眠っていて、手軽に聴きたいと思っている方には最高の製品です。お勧めですよ。

写真はオーディオテクニカ AT-PL300
前回、KEFの古いスピーカーを入手したことを書きましたが、年末にそのスピーカーを引き取りに板橋区のリサイクルショップまで車で行って、自宅へ戻る途中の国道1号線沿いに、大きなBOOK OFFの看板と並んでHARD OFFの看板が立っているのを見つけました。私は、生まれつき貧乏性なのか、昔からリサイクルショップが大好き(子供の頃はよく質屋のウィンドーを飽きずに眺めていました。今、考えるとかなり恥ずかしいです)で、こういうお店を見つけると、つい矢も楯もたまらず寄ってしまいます。この日、私が立ち寄ったのは国道1号多摩川大橋店で、100台以上の駐車場設備を備える大型店舗でした。IFがBOOK OFFで、2FがHARD OFFとなっていまして、2Fには衣料やバック、スポーツ用品や家電など、ありとあらゆる中古品が整然と並べられています。
オーディオコーナーをじっくり観ていると、ふと、一番下の棚に低価格のフルオートレコードプレーヤーが売られているのを見つけました。オーディオテクニカのAT-PL300という製品で、フォノイコライザーも内蔵しており、ミニコンポを始めとしたステレオ再生装置に接続すれば、簡単にレコードを聴くことができるというものです。私は既にVestaxのHandy Traxという、乾電池起動も可能な、似たような機種(こちらはSP再生も可能。専用の針まで用意されています)を持っているのですが、上手く使いこなせておらず、その再生音には、かなり不満を持っていました。こうしたこともあり、以前、(ネットオークションを中心に)一度レコードプレーヤーを買おうとして、色々調べたことがあります。その時には、このAT-PL300も候補にあがったことがありますが、やはりグレード的にはかなり低い機種となりますので、(価格コムやアマゾンでは非常に高い評価にはなっているものの)実際、きちんと聴けるレベルかどうか不安で、実際に購入するまでには至っていませんでした。
レコードについては、その殆ど(約500~650枚位、きちんと数えたことはありません)は大分の実家に預けているのですが、そのうち何枚かはこちらに持ってきたり、また近くにある中古レコード屋で購入したレコードも何枚かはあるので、ある程度の再生環境は整えたいと思っていた上、今回見つけた中古品がかなり状態の良いもので、5千円を切る価格(定価は12,600円)だったこともあり、思い切って買ってみることにしました。(Handy Traxは今後、SP再生専用機として使う予定)
自宅に持ち帰り、セッティングし、さっそく、クレーメルとホリガーのバッハ/ヴィヴァルディの協奏曲集のLPをかけてみたのですが、その見事な再生音には本当にびっくりしました。昔、独身時代、オーディオにそれなりに凝っていたときにはマイクロの高級レコードプレーヤーにオーディオテクニカのMCカートリッジを付けてレコードを聴いていたのですが、それと比べても、それほど劣らないほどの「音」です。(ちょっと褒めすぎ?) アマゾンや価格コムでの、非常に高い評判もさもありなんと思った次第です。このような低価格のプレーヤーでありながら、中級機なみの良い音がでる秘密は、多分、内蔵されているフォノイコライザーが、このプレーヤのカートリッジ専用ということで、上手くチューニュングされているせいではないかと思っています。値段は少し高くなりますが、USB接続が可能なモデルもあるようです。自宅にレコードが眠っていて、手軽に聴きたいと思っている方には最高の製品です。お勧めですよ。

写真はオーディオテクニカ AT-PL300
古いKEFのスピーカーを手に入れました [購入しました]
みなさん、明けましておめでとうございます。どんな方が、この、私のブログを読んで下さっているのか、見当もつきませんが、本年も宜しくお願いいたします。
私の方は、昨年末から正月にかけて色々なことがありましたので、これから順次、記事としてアップしていきたいと思います。そんな私にとって、なんといっても、昨年末の一番の大ニュースは、ネットオークションで、イギリスの老舗のスピーカーメーカーであるKEFのスピーカーを落札、入手したことです。このスピーカーは「KEF MODEL303 SERIESⅡ Type SP1147」というもので、1980年代(多分、前半)の製品ですから、なんと約30年ほど前のもの(初代KEF 303の次バージョン)となります。名器として知られる104の後に出された、どちらかというと安価な製品(とはいえ、当時の価格でペア12~13万円)で、キャビネットはプラスチック、20cmのウーファーと3.3cmのトゥイーターからなる、シンプルな構成の密閉型の2ウェイスピーカーです。
昔からこのスピーカーのことは少しは知ってはいたのですが、今回、純正スタンド付の傷一つない美品が、オークションでとても安い価格で出品されていました。そこで、気になって色々と詳しく調べてみると、発売当初からステレオサウンド誌で非常に高い評価を受けていること等、とても面白そうなスピーカーであることが分かって来ました。そうなると、どうしても実際の音を聴いてみたくなります。(こらこらっ) そこで、三日間ぐらい悩んだ挙句、定価の1割5分くらいの値段で落札、我が家にやってきたという訳です。
リビングには、既に我が家のメインスピーカーであるcharioのAcademy1が置かれていますので、KEF303は4畳半ほどの広さの私の屋根裏部屋に持ち込み、とりあえず、これもオークションで三千円程で落札した、小型レシーバーでありながら、純A級動作が可能なKenwoodのR-SA7(この機種はリレーのトラブルが多く有るらしいので、リレーの清掃等の整備済のもの)に接続して、音を確かめてみると、小音量でありながら、しっとりとしていながら、とてもいきいきとした、音楽性に溢れた「音」が聞こえてきました。私にとって、まさに当たりの音です。思わず嬉しくなって、クラシック以外のジャズやポップスも聴いてみたのですが、どれも見事に再生してくれます。リビングのcharioの方がどちらかというと、しっかりと忠実に音を再生しようとする傾向があるのに対し、KEF303の方は、もっと自由度が高く、音楽の雰囲気までも再現してしまうような感じがします。
日頃、切りつめた生活を送っている身としては、少額(約二万円)とはいえ、とても大きな買い物で、ドキドキだったのですが、満足する結果が得られて、とても嬉しいです。こうなると、もうちょっとしっかりとしたアンプを、このスピーカーにあてがってやりたいと思ったりもするのですが、オーディオに凝りだすと、(金銭的にも時間的にも)きりがないので、程々にしようと思っています。
この正月もじっくりと、このKEF303で、リヒテルの弾く、バッハの平均律を屋根裏部屋で聴きながら至福の時間を過ごすことができました。どうもこのスピーカーは(今、繋げているアンプのせいかもしれませんが)小音量での再生に特に威力を発揮するようです。かなり古いスピーカーですが、これから大切に使っていこうと思っています。

写真はKEF MODEL303(天板のデザインが少し異なっていますが、私の所有するSERIESⅡとほぼ同型です)。デザインは少し70年代っぽい感じもしますね。かっこいいッス。これまで屋根裏部屋でメインスピーカーとして使ってきたソニーのアクティブ・ミニスピーカー SRS-Z1は、今はPC専門のスピーカーとして、健気に働いてくれています
私の方は、昨年末から正月にかけて色々なことがありましたので、これから順次、記事としてアップしていきたいと思います。そんな私にとって、なんといっても、昨年末の一番の大ニュースは、ネットオークションで、イギリスの老舗のスピーカーメーカーであるKEFのスピーカーを落札、入手したことです。このスピーカーは「KEF MODEL303 SERIESⅡ Type SP1147」というもので、1980年代(多分、前半)の製品ですから、なんと約30年ほど前のもの(初代KEF 303の次バージョン)となります。名器として知られる104の後に出された、どちらかというと安価な製品(とはいえ、当時の価格でペア12~13万円)で、キャビネットはプラスチック、20cmのウーファーと3.3cmのトゥイーターからなる、シンプルな構成の密閉型の2ウェイスピーカーです。
昔からこのスピーカーのことは少しは知ってはいたのですが、今回、純正スタンド付の傷一つない美品が、オークションでとても安い価格で出品されていました。そこで、気になって色々と詳しく調べてみると、発売当初からステレオサウンド誌で非常に高い評価を受けていること等、とても面白そうなスピーカーであることが分かって来ました。そうなると、どうしても実際の音を聴いてみたくなります。(こらこらっ) そこで、三日間ぐらい悩んだ挙句、定価の1割5分くらいの値段で落札、我が家にやってきたという訳です。
リビングには、既に我が家のメインスピーカーであるcharioのAcademy1が置かれていますので、KEF303は4畳半ほどの広さの私の屋根裏部屋に持ち込み、とりあえず、これもオークションで三千円程で落札した、小型レシーバーでありながら、純A級動作が可能なKenwoodのR-SA7(この機種はリレーのトラブルが多く有るらしいので、リレーの清掃等の整備済のもの)に接続して、音を確かめてみると、小音量でありながら、しっとりとしていながら、とてもいきいきとした、音楽性に溢れた「音」が聞こえてきました。私にとって、まさに当たりの音です。思わず嬉しくなって、クラシック以外のジャズやポップスも聴いてみたのですが、どれも見事に再生してくれます。リビングのcharioの方がどちらかというと、しっかりと忠実に音を再生しようとする傾向があるのに対し、KEF303の方は、もっと自由度が高く、音楽の雰囲気までも再現してしまうような感じがします。
日頃、切りつめた生活を送っている身としては、少額(約二万円)とはいえ、とても大きな買い物で、ドキドキだったのですが、満足する結果が得られて、とても嬉しいです。こうなると、もうちょっとしっかりとしたアンプを、このスピーカーにあてがってやりたいと思ったりもするのですが、オーディオに凝りだすと、(金銭的にも時間的にも)きりがないので、程々にしようと思っています。
この正月もじっくりと、このKEF303で、リヒテルの弾く、バッハの平均律を屋根裏部屋で聴きながら至福の時間を過ごすことができました。どうもこのスピーカーは(今、繋げているアンプのせいかもしれませんが)小音量での再生に特に威力を発揮するようです。かなり古いスピーカーですが、これから大切に使っていこうと思っています。

写真はKEF MODEL303(天板のデザインが少し異なっていますが、私の所有するSERIESⅡとほぼ同型です)。デザインは少し70年代っぽい感じもしますね。かっこいいッス。これまで屋根裏部屋でメインスピーカーとして使ってきたソニーのアクティブ・ミニスピーカー SRS-Z1は、今はPC専門のスピーカーとして、健気に働いてくれています
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