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久しぶりにクラシック以外のコンサートに行ってきました [演奏会ノート]

少し前の話になりますが、先週の日曜日(7月17日)、日産スタジアムで行われたBUMP OF CHICKENのコンサート(「STADIUM TOUR 2016 "BFLY" FINAL」)に家内と二人で行ってきました。私がこうした、クラシック以外のコンサートに行くのは本当に久しぶりです。多分、10年以上前に、友人に無理やり誘われて行った、布袋寅泰の日本武道館でのコンサート以来かと思います。

BUMP OF CHICKENは、二人の娘を含め、家族みんなが好きなバンド(というか、私や家内は娘に教えて貰ったのですが・・・)でして、この日は長女、次女もそれぞれ友達と一緒にコンサートに行きましたので、家族全員が、このライブに参加していたことになります。

ライブは本当に楽しかったです。いやあ、こんなことを言ったら、ファンの人に怒られる(笑われる?)かもしれませんが、藤原さん、本当に歌、旨いです。私は病気と薬の副作用(大腿部の筋肉が衰えている)の関係で、立ちっぱなしという訳にはいかず、コンサートの間、殆ど席に座っていたのですが、観客はほぼ総立ちで、本当に楽しそうに聴いていたのがとても印象的でした。みんなBUMP OF CHICKENのことが本当に好きなんだなあ~というのが分かりますし、その気持ちが一体となってステージにも届いていて、その相乗効果がコンサートの雰囲気を更に良いものにしています。私も、とても幸せな気持ちになることが出来ました。

タワー見切れ席ということで、うまくステージが観れないかもと心配していたのですが、杞憂に終わり、私と家内の席からはステージが一望できるばかりか、座席が階段状になっているのたので、前の方が邪魔にならず、座っていてもステージが見渡せたのはラッキーでした。

こうして、私はとても楽しい時間を過ごすことができました。BUMP OF CHICKENの皆さん、本当にありがとうございました。

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当日のチケットと配られたリストバンド、リストバンドはライブの間中、遠隔操作で様々な色に光り、コンサートを更に楽しく美しいものにしてくれました。


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添田みちる ヴァイオリン リサイタル(2016.2.17 代々木上原「MUSICASA」) [演奏会ノート]

添田みちる ヴァイオリン リサイタル
ピアノ:秋元孝介

モーツァルト : ロンド ハ長調 K.373
バッハ : 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006
ブラームス : ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 Op.100
ルトスワフスキ : スビト
ヴィエニアフスキ : 華麗なるポロネーズ 第2番 Op.21   他

現在、東京藝大の四年生で今春には東京藝大大学院への進学が決まっている添田みちるさんのヴァイオリンリサイタルに家内と二人で行ってきました。私にとっては本当に久しぶりのリサイタル体験となります。添田みちるさんは一時期、私の次女とヴァイオリンの先生が同じだったこともあり、発表会等で、小中学生のころの彼女の演奏はこれまで何回か聴いています。今回、一聴して、本当に驚いたことは、彼女のヴァイオリン演奏が昔、聴いていたころと、その本質的なところで同じだったということです。勿論、演奏技術などは格段の進歩を遂げていますが、本質的なところで、昨夜のリサイタルで聴いたヴァイオリンは、昔、小中学生のときの添田みちるさんと変わらない「音」であり、音楽だったのです。

誤解しないで欲しいのは、決して小中学生時代から進歩がないだの、成長していない等と難癖をつけようとしている訳ではありません。そんなことではなく、既に小中学生の時点で、本質的な部分で彼女の芸術性のコアの部分が既にほぼ完成していたことに今頃になって気付き、純粋に驚いたのです。

演奏家に求められる究極のもの、それは「個性」ではないかと思います。演奏家たちはどうやったら個性を示すことができるのかを常に考えながら、演奏します。こうした演奏家の個性を既に幼い時から備えている時、人はそれを「才能」と呼ぶのでしょう。そういう意味で、才能あふれる添田みちるさんの演奏を今回、楽しむことができ、とても幸せな時間を過ごすことができました。

ピアノなどと違って、ヴァイオリンには「楽器」という、もう一つの、音、そして音楽に大きな影響を与えるファクターがあり、その点でも難しいものだと改めて感じました。楽器にもそれぞれはっきりとした個性がある訳で、有名なヴァイオリン奏者でも、どの楽器を使っているかとあわせて語られることが多いことは、そのことの証左とも言えるでしょう。演奏家と楽器のそれぞれの個性がぶつかり合って初めて独自の「音」、そして「音楽」が生まれます。その点でヴァイオリニストは常に、自分の個性を一番良い形で表現してくれる、相性の良い楽器(ヴァイオリン本体と弓)を手にしている必要があります。実はこれは言うが易しですが、実際に実現しようとなるととても難しいことです。私は添田みちるさんの演奏を聴きながら、そんなこともぼんやりと考えていました。

昨夜は、添田みちるさんの「音」、そして音楽を存分に聴くことができました。将来が本当に楽しみです。ありがとうございました。

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写真は今回のコンサートのポスター(ちらし)。会場には次女が昔、一時期、ヴァイオリンを習っていた先生もお見えになられていました。家内が挨拶に伺ったところ「またOOちゃん(次女)も、ヴァイオリンを持って遊びにいらっしゃい」との優しいお言葉をかけて頂きました。元々大学に入ったらヴァイオリンを再開したいと言っていた次女です。これからまたヴァイオリンを始めるかもしれません。長い間、ほったらかしにしていたヴァイオリンと弓の修理(メンテナンス)にいくらかかるのか、家内と二人で戦々恐々しています。(苦笑)


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小関郁 ヴァイオリンリサイタル(2010.11.11 やなか音楽ホール) [演奏会ノート]

小関郁 ヴァイオリンリサイタル
ピアノ:大伏啓太

1.J.Sバッハ  無伴奏パルティータ第3番 ホ長調 BWV.1006
2.E.ショーソン 詩曲 Op.25
3.E.イザイ   無伴奏ヴァイオリンソナタ第6番 Op.27-6 ホ長調
4.C.フランク  ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調
(アンコール)
5.E.イザイ   子供の夢

現在、芸大の大学院に在籍している小関郁さんのリサイタル。収容人員100人程度の小さなホールでの演奏会だったが、聴衆で満席だった。仕事の関係で着くのが遅くなり、ショーソンの詩曲から聴く。素直でとても好感のもてる演奏。こうした若い人の演奏会というのも、フレッシュで良いものだと感じた。暖かく見守ってあげたいと思う。
(これは彼女の演奏そのものにはまったく関係のないことだが)演奏会場の下を地下鉄でも走っているのか、時々ほんの僅かながら「ゴー」という音が聴こえ、せっかくの演奏を聴きにくくしたのが、とても残念だった。
小関郁さんが師事していたヴァイオリンの先生に、次女が習っていたこともあり、その先生を含め、何名かの関係者の方と挨拶する。次女は今も趣味でバイオリンを習っているが、一時期は本格的に音楽の道に進めればと(親が勝手に)考え、望んでいた。そうした経緯もあり、小関郁さんのように、その道に進み、そして真摯に極めようとしている、若く、才能に恵まれた逸材に接すると(親として)少し複雑な思いに囚われる。
「音楽」にプロもアマもないじゃないかと自分の親バカぶりと偏狭な器量に苦笑する。その後、音楽を「(小関郁さんのように)演奏する」ことと「(私のように)聴くこと」の(根本的な)違いについて、つらつらと考えながら帰路についた。

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写真は「小関郁 ヴァイオリンリサイタル」のチラシ

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樫本大進 バッハ ヴァイオリン・リサイタル(2010.2.28 サントリーホール) [演奏会ノート]

樫本大進 バッハ ヴァイオリン・リサイタル 第2部

1.パルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004
2.ソナタ第3番 ハ長調 BWV.1005
3.パルティータ第3番 ホ長調 BWV.1006

近年、とみに成長著しいと聞いていたので、スケールの大きな演奏を期待していたのだが、どちらかというと、小さくまとまった演奏。特にパルティータ第3番の演奏では運指や音程のミスが目立った。残念ながら、感動を得るというレベルの演奏ではなかった。

ベルリン・フィルコンサートマスター内定といった話題性もあるのか、皇后陛下が鑑賞にきていた。そのせいか、その周囲には福井元日銀総裁夫妻、チェリストの堤剛氏その他、著名な方々(VIP)も多く会場に来ており、休憩時間にはテレビ局のカメラも入ったりと、華やかな雰囲気であった。
また、会場では大学時代の先輩の音楽評論家や会社の先輩に会った。

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写真は「樫本大進 バッハ・リサイタル」のちらし

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五嶋龍 ヴァイオリン・リサイタル(2009.8.28 横浜みなとみらいホール大ホール) [演奏会ノート]

五嶋龍 ヴァイオリン・リサイタル 2009ジャパンツアー 横浜公演
ピアノ:マイケル・ドゥセク

1.ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調op.24「春」
2.J.S,バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調BWV1003
3.ミルシュタイン:パガニーニアーナ
4.サン=サーンス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番ニ短調op.75
(アンコール)
5.パガニーニ:〈ゴッド・セイブ・ザ・キング〉による変奏曲op.9
6.サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソop.28

良く言えば「幻想的」、悪く言えば、弾いている本人は気持ちが良いかも知れないが、演奏がひとりよがりというか説得力に欠ける。
ベートーベン、バッハにおいては一部のくせのある解釈(弾き方)が全体の音楽の流れを乱してしまっているケースが一部見られた。彼の音楽的な才能は非常に高いものがあるのだろう。しかしその「才能」だけに頼った演奏は、本来の芸術の持つ「普遍性」を担保するものではない。
芸術家、優れた演奏家(プロ)というものは、演奏を通じて、観客に対して「私は何故この曲を演奏するのか」という問いかけに対して常に答えていくものではないかと思う。五嶋龍君の演奏にはその「答」がない。
サン=サーンス:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番ニ短調op.75は好演。曲と彼の放埒な演奏(才能)がうまくかみ合っていたように思う。
あと、彼の使用している楽器 ストラディヴァリ「ローデ」はもっと綺麗な音で鳴るのではないかとふと思った。
下世話な話になるが、演奏終了後、舞台のそでに母親の節さんがいて(ちょうど私の席から舞台そでが見えた)、五嶋龍君に舞台に出て挨拶するように指示していたのが微笑ましかった。

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写真は五嶋龍 ヴィヴァルディ:協奏曲集《四季》他(初回限定盤CD)
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